失われた沖縄の風景を巡る
協栄浮島マンション1966年に1階部分が新築され、その後沖縄県が本土復帰を果たした1972年に2階以上の居宅部分が増築されました。
マチナトシティは1985年にマチナトショッピングセンターとして開店。サンエーにとって初の広域型の大型店舗だったそうです。
那覇市歴史博物館ははパレットくもじの中にある博物館。琉球国王「玉冠」などが展示されていました。
マクドナルド北谷店は1989年7月29日オープン。8月31日で36年の歴史に幕を下ろします。
おきなわ釣王国は沖縄の釣り総合情報誌でした。
ロピア沖縄国際通り店は2024年3月25日に開店。沖縄1号店でロピアとして全国初のフランチャイズ店舗でしたが急きょ「フレッシュプラザユニオン」を展開する野嵩商会とのフランチャイズ契約を終了。1年余りの営業でした。
サンティーは30円で購入できるレモンティー。駄菓子の定番として親しまれてきました。
国際通りのれん街は2020年2月1日に旧三越ビルにオープンした飲食店街でした。
ペーチン屋は「のーまんじゅう」や「山城まんじゅう」と並ぶ沖縄の三大まんじゅうの一つ「天妃前(てんぴぬめー)まんじゅう」を販売する最後の一軒でした。
いちぎん食堂は和洋流そろった豊富なメニューを取り揃えた大衆食堂でした。
沖縄市美里にあった丸長食堂は「すきやき」「おかず」など沖縄の定番メニューが並ぶ老舗食堂でした。
那覇市民会館は、沖縄県那覇市寄宮に所在した多目的ホール。 1970年11月に完成し、2016年10月に休館。 2024年11月に解体が始まりました。
A1ソースはイギリスで誕生して国王から最高級を意味する「A1」の称号が与えられたという沖縄では定番のステーキソース。原因不明の粘度低下で発売休止になりました。
当真材木店は1957年創業の材木店でした。
電波堂ビルは1974年に完成したオフィスビル。隣のスペースアートビルで「電波堂本店」として家電の小売りをしていた新川唯介(しんかわ ただすけ)さんによって建てられました。
むつみ橋かどやは創業1952年(昭和27年)で那覇市で現存する一番古くからのそば屋でした。
那覇市にあったタウンプラザかねひで 与儀店。40年以上前からある、最古のかねひでのひとつだったらしいです。
那覇市の公設市場近くの100年の歴史を持つ蒲鉾屋「ジランバ屋」。お正月やお盆にはカマボコを求めて長蛇の列ができる人気店でした。
宜野湾市普天間にあった三角食堂。1965年創業の老舗食堂で桜の時期はお店の前の桜が満開でした。
地域密着型のスーパー丸大。読谷伊良皆店は読谷高等学校前にあり学校に通う生徒の思い出のお店でした。
みどり立体駐車場はダイナハ(ダイエー那覇店)のオープンにあわせて作られた立体駐車場で、ナナサンマル以前の痕跡が残る建物として有名でした。
クロスロードは沖縄の中古車情報誌でした。
コザボウリングセンター(通称「コザボウ」)は1963年に開業した当時現存する県内最古のボウリング場でした。
フレッシュプラザユニオン 前島店が建物の老朽化のための建て直しのために閉店。建物も解体されました。新装開店の時期はまだ不明とのこと。
那覇市牧志の平和通りにある「喫茶ルイ」は復帰の年の1972年に開業した老舗喫茶店でした。
TSUTAYA与那原店は11月30日に閉店。28年間続いた店舗でした。
TSUTAYA美里店は26年間続いたTSUTAYAの店舗でした。
あやぐ食堂は地元客にも観光客にも愛される大衆食堂でした。
那覇市壺川にあるTSUTAYAが閉店。もともとは「BOOKBOX」でした。
「いちぎん食堂」の系列店であるまきし食堂は和洋琉の豊富なメニューを提供する大衆食堂でした。
「いちぎん食堂」の系列店であるハイウェイ食堂は和洋琉の豊富なメニューを提供する大衆食堂でした。
浦添市城間にあるホテルアメリカン。すでに閉店して廃墟化した建物には自由の女神像が建っており、ランドマーク的な存在でしたが2023年8月の台風で倒壊してしまいました。
ブルーシールアイスパークは自分でデザインしたアイスクリームを作ることができる体験型のテーマパークでした。
ブックスおおみねは那覇市大道にある24時間営業の書店でした。
おでん東大は那覇市栄町で約70年続いた老舗でした。
軽食エイは創業して50年の老舗でカツカレーが有名でした。
首里劇場は1950年9月21日に開館した沖縄に現存した最古の映画館でした。
ファントム7はうるま市平良川にあったレンタルビデオ店。レンタルビデオなのにタコライスに定評がある有名店でした。
浦添市のローカルスーパー「ナカハラストアー」。豊富な惣菜類が販売され、多くの人に愛されたお店でした。
中城村役場の旧庁舎はライト工務店が手がけ、1965年に建設されました。
カーニバルパーク・ミハマの観覧車は2000年4月に開業。一時は行列ができるほどでしたが、2021年には運休状態となっていました。
牧志公設市場衣料部、雑貨部は衣料部は主に呉服や着物の小売専門店が、雑貨部には化粧品や婦人服などのお店が集まった施設で開設されたのは1951年。現在の建物の借地契約が終了するために2022年2月末日で営業を終えました。
焼肉ステーション バンボシュは県内に何店舗かあった食べ放題の焼肉店でした。
1991年のパレットくもじのからくり時計。オープン当初から動いていましたが、からくり部分は10年前くらいに止まっていたそうです。
「定食 丸仲」はトンカツ定食B、通称「カツB」が有名な老舗大衆食堂。店主の高齢とコロナ禍でひっそりと50年の歴史を閉じました。
キタボウリングセンターは「キタボー」の愛称で親しまれ、1972年にオープンしたボウリング場でした。
琉球銀行本店ビルは1966年の米軍統治下に建築されて、当時のアメリカの先進技術が詰まった歴史的な建造物でした。
喜友名ギフトショップは1961年開業のスーベニアショップ。
ホテルニュー三和は沖縄県うるま市田場の総合結婚式場・宴会場でした。
おきなわ倶楽部は沖縄のタウン情報誌でした。
銀天街のアーケードは1978年に設置され、約40年にわたり商店街のシンボルとして親しまれていたが老朽化が進み2020年9月から撤去作業が始まりました。
糸満市中央市場が建設されたのは1965年(1974年に増築)。市民の台所として親しまれてきましたが、近年は大型スーパーマーケットの進出や駐車場不足に伴う利用客の減少、そして老朽化による安全性確保と空き店舗の増加が課題となっており、20年以上前から建替えが計画されてきました。
名護博物館は1984年3月1日に名護市東江の旧名護市役所の旧庁舎を改装して開館しました。2023年に名護市大中に新築移転のため閉館しています。
シフォンケーキで有名だったゴヤケーキ。1992年創業で那覇にも支店があり、一部のイオンでも販売されていました。
1968年にできた琉球土地住宅公社が初めて手掛けた賃貸住宅だったといわれる当蔵市営住宅。2018年には移転が行われて2019年解体が始まりました。
与儀公園前の焼き芋販売店は公園名物として認知されるほど有名でした。店主の方は1987年の創業当時から与儀公園の入り口を 定位置として焼き芋の販売を続けていたそうです。
ホームセンターサンキュー真嘉比店は県内に数店舗あったホームセンターサンキューの最後の1店舗でした。
首里城はかつて琉球王国の王城であり、沖縄の歴史と文化を象徴する城でしたが、2019年10月31日に正殿など主要7棟が火災で焼失してしまいました。
那覇市松尾のサンライズ通りにあったゲームセンター、ゲームインナハⅡ。「インツー」の呼び名で多くの人から親しまれていました。
琉球王国市場は三越ビルにかつてあった食を中心とした商業施設でした。
牧志公設第一市場は沖縄観光におけるド定番スポットでもあり、年末や旧盆には地元のお客さんでも賑わうという観光客にも地元の人にも愛される場所でした。老朽化による立て替えのために2019年6月16日に閉店。その後建物の解体がおこなわれました。
ペリーもち屋は沖縄県那覇市山下町で創業64年の老舗もち店でした。
沖縄のデカ盛り界を牽引してきた那覇のお食事処 波布、通称「波布食堂」。色々なメディアでも取り上げられた有名大衆食堂でした。
有名な廃墟スポットとして知られていた中城高原ホテル。40年以上に渡って廃墟と化していましたが、所有者との合意が取れて2019年に解体が行われました。
小禄ボウリングは1972年に開館したボウリング場。建物の老朽化と現行の耐震基準を満たしていないため閉館、解体されました。
バイオレットは琉球煙草の製品として1959年に販売されていたものを日本たばこ産業が引き継いだ紙巻きたばこ。2018年12月以降在庫完売をもって終売となりました。
ゴーヤー王国 OKINAWAゴーヤーパークは、ゴーヤの展示や栽培方法の紹介・関連商品の販売などを行うゴーヤのテーマパークでした。
琉球金宮観音菩薩像は東南植物楽園に建立された高さ25メートルの観音像でした。
北谷町砂辺にあった「ジンギスカン」は1974年創業。モンゴリアンバーベキューというちょっと独特なシステムの飲食店でした。
ホームセンタータバタ 浦添店は幅広い品揃えで有名なホームセンターでした。
都ホテルは1974年開業で、近鉄・都ホテルズが運営していた首里の代表的な老舗ホテルの一つでした。
農連市場は戦後間もない、1953年から那覇市樋川で営業を開始し、農家が直接販売をできる市場として、敷地面積約1,000坪の広さに120以上の店舗が営業を続けていました。
沖縄国際平和研究所は沖縄戦を中心とした写真を展示する資料館でした。
浦添市屋富祖で、62年間24時間営業で家族で切り盛りされていたお店でした。
Big大ちゃんは沖縄市にあるドカ盛りでその名を馳せた老舗の食堂でした。
南風原ドライブインは沖縄が日本に復帰した1972年創業の昔ながらのロードサイド型のドライブインレストランでした。
TAC-MATE(タックメイト)はココストアの一部店舗が事業譲渡されたために生まれたコンビニでした。
ココストアはかつてあったホットスパーが転換してできたコンビニエンスストアでした。
コザ琉映は1960年に開館。沖縄で最後のフィルム上映のみで興業を続けてきた映画館でした。
島袋琉映はかつて沖縄市山里にあった映画館。閉館後はライブハウスとして利用されていましたが2011年に閉店、2016年6月頃には建物の取り壊しが行われました。
きょんたろう食堂は那覇市曙にある大衆食堂でした。
金武町のパーラー千里は「タコライス発祥の店」として有名なタコライスの聖地ともいえるお店でした。
古島団地は1972年に郵便貯金住宅等事業協会によって建設された団地でした。
那覇バスターミナルは沖縄島最大規模のバスターミナル。再開発事業で2015年4月5日で一旦閉鎖され建物の解体が行われました。
南風原町大名にあった2本のガジュマルが印象的な商店でした
沖縄バヤリースはバヤリースオレンジやサンサンクリームソーダなどの商品を販売する企業でした。
那覇タワーは建築家の金城信吉によって1973年に竣工した塔で那覇市のランドマークとして親しまれてきました。
1957年の大越百貨店を前身とした沖縄三越。那覇市の中心市街地を代表する百貨店として親しまれていました。
お食事処 栄は平日10時から13時しか開いていないためになかなか営業中に行けない小さな大衆食堂でした。
日の出湯は那覇市泉崎にある創業60年の銭湯でした。
那覇市松尾にあったどん亭開南店はどん亭のチェーン店でありながら、「沖縄そば食べ放題」「牛丼よりもステーキ丼推し」という独自の進化を遂げた謎の店舗でした。
弁当みえばしは創業40年で、もともとは食堂。食堂から精肉店に転身し、最後は弁当屋として営業を続けました。
嶺吉食堂はてびち・煮付けの老舗として有名な大衆食堂でした。
那覇OPAは前身であるフェスティバルビルから改称し、1996年に新装オープン。60店舗のテナントが入居していましたが2013年7月21日に業績不振のため閉館しました。
旧石垣空港は第二次世界大戦中に造られた海軍石垣島南飛行場を基にしており、市街地から近い場所にため、騒音や事故の可能性、輸送量などの問題が挙げられてきました。2013年3月7日に新石垣空港が開港し、その役割を終えました。
USランド 普天間店は基本料金15分105円で遊び放題のアミューズメントパークでした。
ゲームインナハ(通称:インナハ)は国際通りに面したゲームセンターでした。
若松公設市場は那覇市松山にある戦後の闇市を市が公設市場として管理した市場でした。
旭湯は那覇市与儀で60年以上も続く銭湯でした。
「ハイトーン」はオリエンタル煙草から1964年に発売され、日本たばこ産業が引き継いだ紙巻きたばこ。沖縄限定で販売されていました。
やんばる亜熱帯園は広大なヒカゲヘゴの原生林を散策できるテーマパークでした。
久茂地公民館は1966年に建てたれた「沖縄少年会館」を前身とする公民館。プラネタリウムも併設されていました。
沖縄では慣例的にマックポテトを購入するとついてきたケチャップが申請制となりました
ときわ湯は糸満ロータリー近くにあった銭湯でした。
嘉陽小学校は名護市嘉陽にある小学校。二見以北四小学校暫定統合のために閉校しました。